先輩達の声

現場で活躍する先輩達の声をご紹介します

島田 空知先生(H22年卒)

[経歴]
2010〜2011年度
2012年度
2013年度
2014年度
 名寄市立総合病院で初期研修
 旭川医科大学小児科
 遠軽厚生病院
 旭川厚生病院

旭川医科大学小児科の関連病院は,主に道北・道東の医療圏を守っています。ここで私が過ごした初期・後期研修の4年半をご紹介します。

まず名寄。ここは,救急に必要な診療科が揃っていて,地理的条件からもすべての救急患者を受け入れています。また小児科は24時間体制を敷いており,近隣の市町村まで含めた最前線かつ最後の砦として,責任感のある医療を行っています。昨今の研修医向けの救急医療では”Disposition”を意識した教育が盛んですが,この考え方が自然と身につく環境でした。

続く大学病院では,初期研修医という守られた肩書も外れ,一人の半人前小児科医として高度医療に関わっていきました。独力で当直を乗り切るくらいの力をつけていたと思っていたものの,珍しい病気の子に触れ,そんな子達に接する上級医の医療に触れ,隙だらけの自分に気づいたのもこのときです。重症患者ばかりの小児科病棟やNICUを一人で守る…竹槍一本でサバンナに放り込まれた心地ながらも,必要に迫られて学んだことは,よく身に付きました。

医師4年目となった遠軽では,病棟も外来も,それなりに任されるようになりました。職人技やベテランの直感に畏れ慄くとともに,私の得てきた医療を輸入できる場面もあり,また他科の先生方からも子どもの相談を受けることが増え,やりがい満点。また、「小児科は季節労働者」という名言を遺した私の同期が言うように、時間の余裕が生まれ余暇の愉しみが増えたのもこの頃でした。

今春からは旭川厚生病院で、日常診療の更なる深化、救急医療、そして臨床研究にも着手し始めています。来年度には小児科専門医を取得できる経験年数となりますが、肩書以上に中身が伴うように、邁進する次第です。

このように当講座の研修は,子どもの病気をとことん探求・治療していく大学病院から,子どものことなら何でも屋になる地方病院までの幅広い小児科医療を,私のような修行早期から経験させてくれるのが魅力です。また、私から見れば既に一流の小児科医である上司の先生方も国内や海外留学に出て行ったり、育児の段階に応じて臨床に加わったりと、例に漏れず医師不足に苦しむ中でも、極力個々の向上心やワークライフバランスを考慮している点も魅力と思います。皆さんも、当講座で「一人前の小児科医への道」を一緒に歩んでみませんか?

坂倉 真実先生(H22年卒)

 
   

私は平成22年に旭川医科大学を卒業後、旭川厚生病院で2年間の初期研修を行いました。学生の頃より小児科医を目指していたため、初心を忘れず3年目になる年に入局し、引き続き、旭川厚生病院で小児科医としての生活が始まりました。小児科病棟とNICUが併設されている旭川厚生病院では、一般小児から重症疾患まで幅広く経験させて頂き、小児科医としての礎を築けたのではないかと思います。その後、4年目の後半より旭川医科大学に戻り、現在大学病院で各グループをローテーションしています。当医局では大学病院を経験後に市中病院への配属が基本ですが、私は逆のルートを辿りました。しかし、小児科の基礎となる一般小児を学んだ後の大学病院での研修は、学術的なアプローチで疾患に対する理解がより深まり、得るものが大変多く、良かったと考えています。

今春より医師5年目となります。残りのグループのローテーションはもちろんのこと、地方病院の出張や健診を通して、今後自分が進むべき専門性を決めていければと思っています。また近年女性医師が増えており、出産・子育てを考えている方も多いのではないでしょうか。小児科は大変だからと敬遠される方も見られますが、産休や育休をとる上でも医局のサポートが得られ、また子育てをしながら働いている先輩女性医師もいます。私も自分の人生設計を考えながら、一人前の小児科医として成長出来ればと思います。

青山 藍子先生(H20年卒)

 
   

市中病院である函館中央病院で初期研修をした後、旭川医科大学の小児科医局に入局しました。卒業の時点で何となく小児科を考えていたので、初期研修は内科、外科、循環器内科、麻酔科、産婦人科(特に産科)で数多くの症例や研修を積むことに重点をおいて病院を選びました。他の先生方に比べると、小児科の経験が少ないまま、小児科に入局しましたが、最初の半年は小児の診察の基礎や文献の調べ方などを大学でしっかりと教えてもらったあとで市中病院へ異動したため、あまり遅れを感じずにスタートすることができました。また、女性医師も多く、働き方や医師としてのビジョンを相談することもできました。

3年目の秋より旭川厚生病院で勤務となりました。当直や救急外来での診療も多く、common diseaseや珍しい症例もかなりの数を経験でき、小児科専門医も取得できました。また、NICUでの先生方や赤ちゃんたちとの出会いから、新生児医療の魅力に惹かれ、サブスペシャリテイとして新生児グループに所属しています。小さな小さな命が日一日を懸命に生き、そして日々力強さを増して成長していく姿は、赤ちゃんの命は本当にかけがえのないものだということを教えてくれます。一生の仕事に巡り会えたことに、本当に感謝しています。 病気をかかえた子を元気にするだけではなく、日々驚くばかりのスピードで成長していく子どもたちを見守っていくことができることも、小児科の大きな魅力だと思います。北海道の子どもたちのために、一緒に力を合わせていけるみなさんを、お待ちしております。『すべては、こどもたちのために』

田中 亮介先生(平成18年卒)

 
   

私は平成18年に卒業し、初期研修を終了後、母校である旭川医科大学の小児科医会に入会しました。現在、医師9年目、関連病院での勤務を経て、小児神経を専攻しさらに研鑽すべく大学病院にもどったところです。

私が初期研修後に母校の小児科医会に所属することを決めた理由は、社会人を経てから医師になることを志した私に、それ実現させてくれた母校に、道東道北の小児医療に貢献することで恩返しをしたいと考えたからです。

大学病院勤務後は、関連病院である旭川厚生病院、遠軽厚生病院、富良野協会病院で勤務させて頂きました。旭川厚生病院は、道東道北の広い地域をカバーする小児救急拠点病院であり、NICUもあり、忙しい日々でしたが、幅広い疾患、未熟児の診療をたくさん経験させて頂きました。時には叱咤頂き、医師としての姿勢を背中でみせて頂いて、小児科医の責任感を改めて自覚できたように思います。

遠軽厚生病院や富良野協会病院では、多くの患者さんを診療させて頂き、論文作成についてもご指導を頂くことができました。

この文章を読んで下さっている方は、小児科に興味はあるけれど、初期研修病院をどこにしたらよいか迷っている方、初期研修後の進路を検討している方が多いと思います。

私は小児科医として6年間働いてきて、小児科医の魅力とは、子供たちの成長を一緒に見守っていくことができること、親御さんたちと一緒に喜びを感じることができることだと思っています。治療に関わった子どもたち、一人一人に最良の医療を提供し、ご家族の方に信頼され、安心感を与えられるようになりたいですが、簡単なことではありません。至らない自分に反省すること、落ち込むことがよくあります。そのような中、回復した子どもたちの笑顔をみたときやご家族の方に感謝されたときなどは、励まされ、小児科医になってよかったと思えます。

現在の臨床研修制度は、初期研修、後期研修を自分で選択できるようになりましたが、その分、今後の医師としての生き方を自分で探していかなければならず、大変なことだと思います。

旭川医大の小児科医会には、小児科医としてどのように働いていけば子どもやご家族の力になれるかを指導し、背中でみせてくれる先輩方がいます。道東、道北の小児医療を継続して支えていくことは、個人の力ではできないことです。私たちの医会では、難しい症例など、いつでも専門の先生に連絡をとりやすく、心強いですし、チームで働いていることを実感することが多いです。

私は今後、小児神経科医として、発達面で問題を抱える子どもたちや、てんかんや重症心身障害の子どもたちとそのご家族の力になれるよう、頑張っていきたいと考えています。

この文章を読んで下さった皆さんが、私たちの仕事に興味をもって頂けたら嬉しいです。いつの日か、一緒に働けることを楽しみにしています。

古谷 曜子先生(H16年卒)

 
   

私は医師になったのは臨床研修医制度が始まった年です。臨床実習で全ての科を終えた後の大学6年生の秋に小児科医になること、また、出身大学である旭川医科大学小児科に入局することを決めました。初期臨床研修は北見赤十字病院で2年間行わせていただきました。その後大学で約半年間各専門グループでの研修を経て、以降関連病院5施設で5年間勤務致しました。8年目から、内分泌・糖尿病を専門とし、また9年目より大学院生として大学で勤務させていただいております。

初期研修の前に小児科に入局を決めたのは、初期研修2年間の中でも、小児に関わることを多く経験したいと考えたからです。実際、各科を回っている時に、考慮していただき(例えば麻酔科実習では小児の麻酔を多く担当させていただきました)、たくさんの経験を得ることができました。初期臨床研修を終えた上で、決める方もいますが、私は決めた上で回って良かったと感じております。

各関連病院勤務の中で多くの同門の先生と一緒に働かせていただき、また多くの患者さんと関わった上で得られた経験は私の財産だと思っております。入局し、人事で動かなければ得られないものでした。大学での勤務を始めてから、関連病院で出会った患者さん達の成長した姿を見ることができることはこの上ない喜びであり、内分泌・代謝を専門としたのは、関連病院勤務の中で多くの患者さんと関わりをもつことができたからです。

小児科では、出生から始まり、小児期、思春期、場合によってはそれ以降もずっと関わりが続いていく科です。思春期では、特にいろいろな困難にぶつかることが多く、一緒に解決法を考えていくことが多くあります。これからも女性医師という立場からこそできることを考えつつ、患者さん達の成長に関わり、日々精進を続けていきたいと思います。

山本 志保先生 (H15年卒)

 
   

当講座にて、定期的に、「ツボレクチャー」なるイベントを定期的に開催しています。小児科診療の“ツボ”を、各回テーマを決めて講義を行い、その後、懇親会を行うイベントで、毎回多数の学生や初期研修医が参加してくれています。

さて、先日行われたツボレクチャーの懇親会で、ある女子学生さんが、「小児科医になって、出産、育児は可能ですか?」と質問をしていたそうです。当日、私は残念ながら不参加でしたので、後からその話を聞いたのですが、同じような不安を抱えて進路に迷っている女子学生も多いと思いますので、この機会に、私たちの現状について、簡単に説明したいと思います。

私は、現在、医師11年目(産休、育休での休職期間含め)で、神経グループで主に病棟担当しています。プライベートでは、2歳と5歳の子供2人に恵まれ、毎日慌ただしくも充実した日々を過ごしています。私の両親も義両親も遠方で協力は得にくい状態ですが、夫婦で協力しながら、仕事に育児にと励んでいます。また、子供の発熱など突発事態も度々ありますが、周囲の先生方のご理解を頂き、そういう場合には、なるべく仕事に支障がでない範囲内で、子供を優先させてもらっています。

今、大学勤務している女性医師7名中、私含め3名が子育て奮闘中です。1人は、非常勤の形で週3日外来を担当し、もう1人は、日中はNICUで働きつつも、おうちに帰ると3人の男の子のお母さんです。

また、関連病院に勤務している女性医師16名中8名が、育児中もしくは育児経験者です。おそらく皆さん、ご家族や同僚医師の協力を得ながら、仕事と家庭を両立されているのだろうと思います。

小児科は、患者さんが子供ですが、実際の診療で大事なのは、お母さんを含めた家族との信頼関係作りです。その際に、自分の子育て経験は、武器の一つになり得ます。

「小児科って、興味あるけと、忙しすぎてプライベートもなさそうだし、自分の子育てなんて無理だよね〜。子供欲しいから、小児科はちょっと…。」なんて、悩み中のあなた!そんなことはありません。実習中でもいいですし、医局に来られるのも大歓迎です。気軽に、声をかけてください。具体的な話はその際に個別にすることにしましょう。

 

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